昭和四十五年二月二十四日 朝の御理解
X御神訓 一、神徳を受けよ、人徳を得よ。
X御神訓 一、生きたくば神徳を積みて長生をせよ。
神徳は受けていくもの、しかもそれは積み上げていくもの。いかに神徳を受けていくという事は、その受けものが大事かという事がわかります。神徳を受けていく、ですからその受けものが大事です。
人徳を得よと教えてくださいますから、人徳は得ていける。いうなら努力すれば受けられるという感じがしますねえ。
ところが神徳はです。私共がどんなに努力だけではいけん。神様が下さろうという気にならなきゃいかんのですからねえ。私共がどんなに努力をしたからというて、神徳は受けられん。
そこんところを初代石橋先生なんかは、神徳は神様の御信用じゃからなあとおっしゃった。大変な御神徳として有名でおありになりましたし、ですからそのお弟子方が、その神徳を受けたい、譲り受けたいと。けれども何回その事をお願いしても、おっしゃることは同じ事であった。神徳は神様の御信用じゃからなあとおっしゃった。
だから、結局どのような人間、どのような状態というものが頂けなければ、神様の御信用は頂けないかが分かる。
ですから、いうなら、ちょっと目先の努力くらいじゃ出来ん訳です。神様が見通しでおありになりますから。
いうなら、いよいよ間違わんという氏子、いよいよ間違わんという見極めがついたとき、神様のご信用はいよいよ頂けるのであり、いよいよ厚うなっていくのである。
人徳を得よという事。人徳はやはり、いわゆる努力によって獲得していく事が出来る。ですから神徳を受ければ人徳はついてくるような感じですねえ。
神徳は神様の御信用じゃ。しかもこの氏子は間違わないというのですから、もう根本的にですねえ、私共が間違わん私たち、いうなら清まったうえにも清まっていこうとする願いをもっておる人の上でなければ御神徳は受けられない。
生きたくば神徳を積みて長生きをせよと、次にはある。これは寿命といったようなものでないと思いますねえ。私の方なぞは非常に長生き筋ですから、私はばばが九十三で亡くなった。その上の私のひいばばになる人は百六才まで生きとった。
成る程長生きをする人はやっぱり違います。何とはなしに心くばりが違います。心が豊かです。ちょっとした事くらいに腹立てんです。
だから、そういう意味合いでですねえ、長生きをいうのではなくて、生きたくば神徳を積みて、とおっしゃる、神徳を積むということによってですねえ、この生き通すという事なんです。生き通す、生き続けるという事。
例えば教祖の神様の場合、おそらく天地と共に生き通される事であろう。
例えば死んだ者が又死ぬなんてないと思いますけれども、死んだ霊がもう死んでしまって、全然活動が出来ない霊も、まあ、いうならほとんど、そればっかりです。けれども神徳を積みに積み上げておる霊は、永劫、生き続けることができる。
例えばその例を申しますとね、二代金光様、四神様という方は、大変な御神徳家でおありになったと同時に、九州の大恩人と言われるくらいに、九州に道が開けてきたのは二代金光様の時からであった。
小倉の桂先生が四神様の御神徳によって助けられ、そして道の教師を志されて、九州の小倉に行けという御神命を受けられて九州に下りて見えられた。そこから九州のお道の信心が始まった。非常に御神徳の高い方であった。
ところが御神勤わずか十年、御年わずか四十才という若さで、おかくれになられた。その一事を見てもですねえ。生きたくば神徳を積みて長生きをせよという、長生きという事はです。死んでも生きておるんだ、永劫生き続けられる。二代金光様の御神徳のうえに働き続けられ、生き続けられ、四代様の上にも生き続けておられる。九州にお道の信心がある限り、九州の大恩人として、四神様のお言葉、または四神様の御信心を継承していくことであろう。生き続けるとは、そのような事だと思う。四十才で亡くなられた。これは長生きとは言えません。早死にもよかとこ。一番よか時、一番大事な時に。
教祖様の信心を三十八才の時に受けられて、そして十年間、いわゆる御神徳を積みに積んでおられて、おかくれになられた。
ですから、生きたくば神徳を積みて長生きをせよという事は、ただ普通で言う長生きをすることではないと思う。生き続けれる霊、生き続けられる信心、という事になる訳ですね。
そこで、その神徳を受けて、しかもそれを、神徳を積み上げていかなければなりません。その神徳を積んでいくという事が、神徳を受ける受けものを、いよいよ作っていく、いうなら神様の御信用を受けることの出来れる私に、いよいよ精進せねばできんという事。
これは対人間の場でもそうです。なかなか真面目だ、あの人は間違いがないと、例えば言われる人がです。言うなら信用を落とすような事をして、信用を地に落としてしまうというような場合がございますでしょう。
神徳を受けたから、もうこれで大丈夫という事はない。神徳はもう、積み上げていかなければならん。神徳を受ける。そしてそれを積み上げていかなければいけない。
そこで、どういう信心させて頂いたら神徳が積み上げられていくかと、そして永劫、生き続けれる、生きた魂とでも申しましょうか、生きた働きの出来れる魂としてのおかげを受けていくということ。
そこで御理解七十八節。
「神の気感に適うた氏子が少ない。身代と人間と健康とが揃うて三代続いたら、家柄人筋となって、これが神の気感に適うたのじゃ。神の気感に適わぬと、身代もあり力もあるが壮健にない、壮健で賢うても身代をみたすことがあり、又大切の者が死んで身代を残して子孫を断絶してしまう。神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事健康で、子孫も続き身代も出来、一年勝り代勝りのおかげを受ける事が出来るぞ」
いよいよ、神のおかげを知らぬから、とおっしゃるように、神様のおかげをいよいよ深く分かっていく。また神の大恩を知れば無事健康でとおっしゃる、神の大恩を、いよいよ深く広く分かっていく。
そこに私は、神の大恩を分かり、または神のおかげが分かれば分かるほど、油断も隙も出来んといったようなものではなくて、いよいよ有り難うなってくる、いよいよ勿体ないという生活が出来てくる。
だから、それが子孫にも伝わるのであり、いわゆる親の代より子の代、子の代より孫の代というように繁盛していく、そういう、元の働きとでも申しましょうか。そういう働きが出来る信心、代勝りのおかげが受けられる、そういう信心の元、そういう信心を頂いていく。
いよいよ神のおかげが分かっていかなければならない。いよいよ神の大恩が分かっていなければならない。そこに私共の日常生活がです。それこそがらっと変わった生活が出来、いわゆる神恩報謝の毎日を過ごすおかげになってくるのです。
ですから、いうなら信心を落とす気遣いが無くなってくる訳です。信心を迷う気遣いが無くなってくるです。私は神様の御信用はその辺からついてくると思うのです。
もう、この氏子は信心を落とすことも信心を迷うこともない、何故かと。これ程天地の大恩が分かり、これ程神のおかげが分かってきたんだから・・・。
先日、私、ある方からおうかがいをされた。兄弟熱心に信心される。もうそれこそ熱烈な信心をしておる。勿論弟さんは、ここで熱心に信心しておられますが、兄弟の方は他所の教会で、それこそ熱烈な信心をなされる。
ところが、その一向芽が出らない。一向よい事が続かない、あれだけ修行が出来るのに、あれだけもう本当に金光様で、凝り固まったように信心をしておるのに、最近聞くところのよると、何か他の神様に移ってしまった。まあ金光様よりその神様の方が御利益があるという訳です。
もうそれこそ、この人は将来お道の教師にでもなるだろうかと思う位に思うとったです。私はその人は。ところが、ひょろっと他の信心に変わってしまった。最近その兄弟から、もう矢につけ、火につけお金を貸して呉れというてまいります。というのである。実はその子供達にもこげんして出してやったけれだも、もうそれこそ、そのことはじにも出さんな、又後をまとまった金が必要だから、送って呉れとこう言う。向うて拝んでもろうた神様が弟に頼めと言わしゃったという事を言ってきた。
それで私は貸すなとは言わなかった。けれども、そこにこれは、神様が貸して下さる働きが始まってるなという様な働きがですね、例えば、その神様の御蔭を頂いたら、それは、よくせきな事じゃから、無駄にはなるまいと思うけれども、それからというて無理をして送るという事はいかんと、私が申しました。
もうこの人ばかりは誰がみても、金光様の先生になるんじゃなかろうかと、いう位に熱心じゃったんですよ。ところがどうですか、成る程この人がおかげを頂かん筈が分かるでしょうが。コロッと他の神様に変わるごたるこつで・・・・、御陰の頂ける筈がない。ましてや、神様の御神徳が受けられる筈がない。そういう状態だったんですもの・・・・・、 ですからなかなか人間の見た目じゃ分からん。それがどういう事かというと、神の御蔭が分からず天地の大恩が本当に分かっていなかったからであります。神の御蔭が分かり、天地の大恩が分かれば分かる程です、例えば昨夜の月次祭りの御理解の中にも申しました様に難儀が続けば続くほど元気のある信心が出来てくる。
御蔭を受ければ受ける程信心が手篤うなってくる、こういう間違いのないしるしといったようなものが、全然見えてない訳です。節があればある程、難儀が続けば続く程元気が出てくるという信心。
御蔭を受ければ受ける程、もう忙しゅうして忙しゅうして、お参りせんならんと思いますばってんが。忙しゅうなか時は参って来よったばってんが、忙しゅうなくなったら、スパッと止める。
忙しゅうなりゃ忙しゅうなる程、信心が手篤うなるという信心ならまず間違いない。そういう信心に神様の御信用、いわゆる御神徳はついて来る。そうして、神様の御恩は忘れちゃおりません、いわゆる、神様の御蔭を知っとるように言う。神の大恩を知っておるように言うておりながら、知らんならそういう、いわゆる忙しさにかまけるような事になってくるのです。
私共の信心がですね、本当に神徳を受けて、しかもそれを積み上げて、それが子供に譲られ孫に伝わっていくと言う、親の代より子の代、子の代より孫の代という間違いない繁昌、いわゆる教祖の神様から二代金光様、そして三代様四代様というようにですその御神徳が伝わり御蔭がいよいよ繁昌一途をたどっていくような御蔭になっていく。神の気感に適うた信心。
ここで私は思うんです。昨日の朝の御理解の中から、御祈念の後、御理解が終わった後にです。久留米の佐田さん達がお届けなさいます中に、恵介君が御祈念中にコロッと眠ってしまったんですねえ。そして、眠っておる間にお夢を頂いた。
それが、本当にもうお父さんやらお母さんやらが頂きなさらねばならん様な事を小さいまあだ八才の子供が頂いておる。
どういう事を頂いておるかというとね、ここで眠っておる間に頂いたお夢というのが、やっぱり朝の御祈念にお参りせんならんと思うておるもんですから、ちょっと眼をさましたと、そしたら、五時十五分前じゃったと、夢の中でですよ。だからまあ、十五分あるたいと思うてやすんだと、そしたらね、まあそれを神様言葉でなおすなら、ゆとりのある信心をせよと、神様から頂いた。
そこで私は、自分自身の事をその事を頂いて思うた。私が五時の御祈念を奉仕させて頂く時にはまあせいぜい十五分前位にお広前に出てくる場合にはもう、それこそバタバタ走って来んならん。五時の御祈念にすべり込みと言ったな時代が長い間続いた。いわゆる、五時の御祈念が非常に難しかった訳です。やっとかっとだった訳です。云うならば・・・・ まあだ五時前十五分じゃから、まあひと息眠ろうという信心じゃった訳です。
ところが、私がそこに一心発起というか、私が四時の御祈念を奉仕させて頂こうと、ある事柄から、その事をいわば発心させて頂いた。いわゆる御本部で金光様は必ず四時の御祈念をお勤めになりますから、いわば金光様の御信心に習わせて頂いて四時の御祈念を頂かせて頂こうと決心した。決心して以来、私は三時半にここに出て来る事に決めておる。 どうですか。五時の御祈念の時にはやっとかっと滑り込みのようであった。まあせいぜい十五分前に出てくりゃそれがよか方じゃった。
ところが反対に四時の御祈念を奉仕させて頂く様になったら、いうならゆとりが出来てくる様になった。三十分間ゆとりができる様になった。その三十分間が又私にとってはもうこよない有り難い時間になってきた。この三十分間が今日一日の信心の決め手と思われる位に有り難い。本当ですよ、これは。
だからその事を思わせて頂いてです。恵助君が頂いておるのは、その事だと、私共の信心がです、段々天地の大恩が分かり、神様のおかげが分かって信心が手篤うなる。信心が綿密になる。
しかもそんなら、五時の御祈念が四時の御祈念になるようになる頃にはかえって有り難くて楽しゅうて、これがおそらく、私の生涯の信心になる事であろうが、これを幾つになったら、隠居になって息子に譲ろうなんてんといったようなものじゃなくて、私の五体が、手足が動く限り、これだけは続けさせて頂く事が、いよいよ有り難い事だという事が分かってきた。
私はそういう信心に御神徳がつくと思います。いわゆる、もう間違いがない事になるでしょうが。そういう意味でです、私は寒修行に皆さんが一生懸命ああして御修行なさいました。ところが寒修行を境にそんならガタッと減るかと思うたら、今度は益々こうやって皆さんのお参りが多なった。一段と皆さんがおかげを頂かれた。その事がです。寒修行の時には歯を食いしばるような気持ちで、お参りしよったお参りがです、寒修行が終わったら、それが有り難う朝参りが出来るようになったとするならば、そういう信心に御神徳がつく。
初めの間はもう寒修行の三十日間だけと思うて、参った人も有りましょう。けれども、それが段々初めの間はしるしかったけれども、少しゆとりが出来るようになった。いやむしろそれが有り難うなったというようにです。先程申しますように、おかげを受ければ受ける程、信心が手篤うなるという信心。難儀に直面すれば直面する程いよいよ神の大恩が分かり、いよいよ元気が出ると言ったような信心。
そういう信心をぬきにして、いかに御蔭を積み上げていっても。その御蔭を積み上げていくのは、それこそ賽の河原の石積みと同じことです。
一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為、三つ積んではというて積み上げよるけれども、鬼が来てガラガラと崩してしまうでしょう。それが人間なんです。
いかにも、いいや私しゃ信心は揺るぎはせんといいよるけれども、御蔭を積み上げていくのはそれです。神徳を受ける信心をせずして、御蔭を積み上げていく信心は、おそらく子供にも孫にも伝わっていくという事は有りません。
いかにも神徳を受けていく為の信心の基本姿勢とでも申しましょうか、そういうものがガッチリ身についてからの信心。今日頂きます「神徳を受けよ、人徳を得よ。」と、「生きたくば神徳を積みて長生きをせよ」と、この二つをとりわけ、神徳を受けてと、神徳は積み上げていくという事。生きたくばという事は、例えば寿命という事ではなくて、永劫生き続けられる事の出来れる魂の一つの力というか、魂の輝きというか、そういう御蔭を受けていくという事が、神徳を積み上げていく事によって、生き続ける事ができると。 ですからそういう、そんなら神徳を受けていく事の為というか、その基本姿勢といったようなものをです。いうなら七十八節から頂いた訳でありますね。
成る程、お蔭を受けなければなりません。けれどもその根本姿勢がです。そこに置かれてあってのお蔭、いうならば、神徳を積み上げていく、神徳を受けていく、しかも積み上げていく。そういう神徳を積み上げていく事につながっておると言うものでなからなければね。それは信心が非常に危うい、もろい。
そういうひとつお蔭を頂き、だから例話にももうしましたように、ちょっと、この人は熱心、この人は金光様の先生にでんなる人じゃろうかと思いよった人が、只、神徳を積むという事の姿勢、根本が無かったら、少し難儀が続いたら、コロッと他の神様に変わってしまったという様にです。もう益々強うなる、益々信心が手篤うなる。しかも、手篤うなっていく事に、恵介君が頂いている様に、ゆとりのある信心、五時の御祈念に、もうやっとかっと、滑り込みじゃったが、三十分間早うお参りをさせて頂くという決心をさせて頂いたら、それの方が楽になったというような信心が、皆さんの上に出来ていくとするならです、間違いがない訳なんですよね。恵介君が頂いているのもその事です。
そういう、例えばいうなら、目の詰まった信心が、しかも身についていくというか、血に肉になっていくと言うか、それが楽しゅう出来ておるという様なお蔭が成長しておるとするならば、もう間違いなし、御神徳を受けていく信心だと言わなければならん、と思います。どうぞ。